北朝鮮の地方都市で拡大する国営KANGSONG NET、SIMカードの台紙には人工衛星
朝鮮民主主義人民共和国(以下、北朝鮮)の経済特区・羅先特別市を訪問して国営の携帯電話事業者「Korea Posts and Telecommunications Corporation (朝鮮逓信会社:以下、KPTC)」の動向を視察することができた。
羅先特別市は羅先経済貿易地帯として経済特区に指定されており、北朝鮮の北東部に位置している。
まず、北朝鮮における携帯電話事業者は「CHEO Technology JV Company (逓オ技術合作会社:以下、CHEO)」と「KPTC」の2社である。
CHEOはエジプトの「Orascom Telecom Media and Technology Holding (以下、OTMT)」と「KPTC」が出資する合弁会社で、ブランド名は「koryolink」として展開する。
koryolinkは比較的有名であるが、朝鮮語のブランド名も存在し、北朝鮮の人民の間では「고려망 (高麗網)」と呼ばれることも少なくない。
KPTCは北朝鮮の政府機関で電気通信分野などを管轄する「逓信省(Ministry of Posts and Telecommunications:MPT)」が全額出資する国営企業で、携帯電話事業はCHEOに少数株主として資本参加するほか、ブランド名を「KANGSONG NET」として直接的に携帯電話事業も手掛ける。
もちろん、KANGSONG NETにも朝鮮語のブランド名が存在しており、「강성망 (強盛網)」と呼ばれている。
CHEOとKPTCの基本的な企業情報を下記に示す。
■CHEO
社名(英):CHEO Technology JV Company
社名(朝):체오기술합작회사 (逓オ技術合作会社)
ブランド名(英):koryolink
ブランド名(朝):고려망 (高麗網)
通信方式:W-CDMA方式
周波数:2.1GHz帯(Band I)
PLMN番号:467-05
電話番号帯:191defghij
本店所在地:平壌直轄市 平川区域 鞍山洞, 朝鮮民主主義人民共和国
出資比率:OTMT 75%, KPTC 25%
■KPTC
社名(英):Korea Posts and Telecommunications Corporation
社名(朝):조선체신회사 (朝鮮逓信会社)
ブランド名(英):KANGSONG NET
ブランド名(朝):강성망 (強盛網)
通信方式:W-CDMA方式
周波数:2.1GHz帯(Band I)
PLMN番号:467-06
電話番号帯:195defghij
本店所在地:平壌直轄市 中区域 外城洞, 朝鮮民主主義人民共和国
出資比率:逓信省 100%
首都・平壌直轄市など主要な大都市ではCHEOが携帯電話事業を手掛け、一方で地方都市では遅れて携帯電話事業を開始したKPTCが事業規模を拡大している。
羅先特別市ではCHEOからKPTCに置き換わり、電話番号もその際に変わった。
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「KANGSONG NET」に接続した北朝鮮のスマートフォン「Arirang AP121 (아리랑 AP121)」
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「KANGSONG NET」のSIMカードの台紙の裏側には195から始まる電話番号が記載されていた
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北朝鮮のスマートフォン「Arirang AP123 (아리랑 AP121)」で195から始まるKPTCの電話番号でSMSを試した
KPTCが運用するPLMN番号は467-06であり、これは過去にCHEOも使用していたPLMN番号である。
2013年時点では平壌直轄市でCHEOが467-05と467-06を運用しており、北朝鮮から見て外国人の筆者は467-05を使用し、北朝鮮の人民である案内人は467-06を使用することが確認できた。
ただ、2015年に平壌直轄市を訪問したところ、CHEOは467-05のみ運用しており、北朝鮮の人民も467-05を使用していた。
平壌直轄市から消えた467-06であるが、羅先特別市では467-06のみ検出し、KPTCが467-06を運用中であることを確認した。
YouTube – Network search in Rason, North Korea (KANGSONG NET 3G)
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羅先特別市でネットワークを検索した様子
通信方式はCHEOとKPTCともにW-CDMA方式の2.1GHz帯(Band I)のみ使用している。
羅先特別市では「North East Asia Telephone and Telecommunications Co., Ltd. (東北アジア電話通訊会社:以下、NEAT&T)」がKPTCの代理店を務めており、NEAT&Tの本社や支店などを現地了解してKPTCの携帯電話サービスに関する情報を得られた。
NEAT&TはKPTCのSIMカードを販売しており、SIMカードとSIMカードの台紙には「강성」の文字とKPTCのロゴが印刷されている。
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KPTCが運営する「KANGSONG NET」のSIMカード
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KPTCが運営する「KANGSONG NET」のSIMカードの台紙
「강성」が朝鮮語で「強盛網」の「強盛」を意味する。
参考までに北朝鮮では「強盛大国」、「強盛国家」、「強盛朝鮮」など標語で「強盛」がしばしば登場し、近年では「強盛国家」をよく見かける。
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羅先特別市内では「強盛朝鮮のために、学んで、学んで、また学ぼう!」と書かれたスローガンを見られた
KPTCのロゴは平壌直轄市で見た記憶がある。
逓信省が管理する平壌直轄市の国際通信局には逓信省のロゴが掲げられているが、そのロゴと同一であった。
KPTCは逓信省傘下の企業だけに、共通のロゴを使用している。
また、ロゴからもKANGSONG NETの運営者がKPTCであることが分かる。
SIMカードは長らくMini SIM (2FF)サイズのみ取り扱っていたが、比較的新しいSIMカードはトリプルカットとなり、Nano SIM (4FF)サイズ、Micro SIM (3FF)サイズ、Mini SIM (2FF)サイズに切り抜ける。
SIMカードの台紙には人工衛星と思われる飛翔体も描かれており、北朝鮮らしさを感じた。
支払方式は先払い(プリペイド)で、利用するためには事前に残高を充填しておく必要があり、残高は朝鮮民主主義人民共和国ウォン(KPW:以下、北朝鮮ウォン)で充填する。
1ヶ月あたり1,500北朝鮮ウォンが基本的な料金となり、1ヶ月間有効で200分の音声通話と200件のSMSを利用できる。
データ通信など付加価値サービスを使えば1ヶ月あたりの利用料金はさらに高くなるが、NEAT&Tの従業員や案内人は概ね1,500北朝鮮ウォン程度で済ませているという。
北朝鮮ウォンは二重レートが存在しており、Central Bank of the Democratic People’s Republic of Korea (朝鮮民主主義人民共和国中央銀行)が公示する公定レートと市場交換レート(以下、実勢レート)に開きがあるが、羅先特別市では基本的に実勢レートのみ適用し、1,500北朝鮮ウォンは約1.23中国人民元、邦貨換算額で約20円となる。
なお、公定レートは主に外貨商店で適用し、実勢レートは主に内貨商店で適用する。
スマートフォンは「Pyongyang2417 (평양2417)」、「Pyongyang2418 (평양2418)」、「Pyongyang2419 (평양2419)」を取り扱っており、いずれもKPTCを通じて平壌直轄市から輸送される。
価格は中国人民元(CNY)で表記されており、定価はPyongyang2417が985中国人民元(約16,000円)、Pyongyang2418が1,485人民元(約24,000円)、Pyongyang2419が2,606人民元(約43,000円)に設定されている。
安価なスマートフォンが人気であり、北朝鮮では高価格帯の部類に入るPyongyang2419は在庫を抱えていた販売店も少なくない。
CHEOは収益性を重視して大都市に絞る戦略であるが、北朝鮮では地方都市でも携帯電話サービスの需要は高まり、CHEOが消極的な地方都市ではKPTCへの置き換えが進み、KPTCが北朝鮮の地方都市に住む人民のコミュニケーションを支えている。
基本的にCHEOとKPTCは提供エリアが分けられており、KPTCの顧客がCHEOの提供エリアに入れば、国内ローミングでCHEOのネットワークを使えるため、KPTCの顧客が不便を被ることはないとのことである。
KPTCの羅先特別市内における提供エリアは中心部以外に農村部や道路も概ね整備されているが、地下や豆満江沿いは圏外となることも多かった。
北朝鮮では資金面や技術面で外国企業の支援を頼りとしていた携帯電話事業も、すでにKPTCが単独で主体的に運営できるようになった。
これから地方都市で携帯電話サービスの需要がさらに高まれば、KPTCの事業規模はより拡大すると見込まれる。
平壌直轄市を提供エリアとするCHEOが北朝鮮の代表的な携帯電話事業者として知られるが、KPTCの事業規模拡大はCHEOの事業規模縮小を意味しており、将来的にはKPTCがCHEOに代わって北朝鮮を代表する携帯電話事業者となる可能性もある。
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