ベトナムのViettel Group、北朝鮮への参入を狙う理由は
第2次 朝米首脳会談をベトナムで開催すると正式に発表された。
2019年2月27日と28日に第2次 朝米首脳会談を開催するという。
開催国の発表前よりベトナムを候補地として有力視していたが、朝鮮民主主義人民共和国(以下、北朝鮮)とベトナムは伝統的友好国で、にわかに朝越関係にも注目が集まっている。
北朝鮮とベトナムは相互に大使館を設置しているだけではなく、朝越間の人的交流および物流も盛んである。
実際に北朝鮮ではベトナムが支出地の貨物もよく目にした。
また、北京首都国際空港(PEK)から平壌国際空港(FNJ)に向かう北朝鮮のAir Koryo (高麗航空)の機内では隣がベトナム人で、多岐にわたる朝越間の交流について教わるなど、朝越間の盛んな交流は実体験でも感じられた。
移動体通信分野ではベトナム企業が北朝鮮への参入を検討している。
ベトナムの首都・ハノイ市に本社を置くViettel Groupは国際展開に積極的であるが、そのViettel Groupが北朝鮮に関心を示した。
対朝投資に意欲的なViettel Groupに対して懐疑的な意見もあるが、Viettel Groupが北朝鮮に関心を示す背景を解説したい。
■国際展開を拡大
Viettel Groupはベトナムのほかに世界各地の移動体通信市場に参入し、2019年1月時点ではカンボジア、ラオス、ミャンマー(ビルマ)、東ティモール(ティモール・テステ)、カメルーン、ブルンジ、タンザニア、モザンビーク、ハイチ、ペルーで移動体通信事業を手掛ける。
国際事業は基本的にViettel Groupの子会社でベトナムのViettel Global Investment Joint Stock Company (以下、VTG)を通じて、各市場で異なるブランド名で展開する。
VTGに対するViettel Groupの出資比率は98.68%である。
ペルーの事業会社のみVTGを通さずViettel Groupが直接的に出資するが、これはペルー政府の要求に沿った影響で、5年間の正式な運用が経過すれば変更できる。
参考までに、ベトナムではViettel Telecom Corporation – Branch of Viettel Group (以下、Viettel Telecom)を通じて移動体通信事業を手掛け、ベトナムでは加入件数ベースで最大の移動体通信事業者(MNO)となっている。
なお、Viettel TelecomはViettel Groupの従属会計単位と位置付けられ、法人格がない支店の扱いで、本社であるViettel Groupの委任によって事業を行う。
Viettel Groupはさらに国際事業を拡大する方針で、まずはマレーシア、インドネシア、欧州への参入を目指して各地の既存の移動体通信事業者と出資に向けて交渉しており、長期的には北朝鮮も視野に入れている。
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Viettel Telecomが展開するTelecom Store (ベトナム・ホーチミン市)
■伸び代が大きい北朝鮮市場
Viettel Groupの北朝鮮に対する関心は今に始まったことではない。
2009年頃より北朝鮮への参入を検討しており、2009年から2011年にかけて北朝鮮の重要な記念日にはViettel Groupから北朝鮮政府にプレゼントを贈るなど、北朝鮮で事業を行えるよう働きかけてきた。
2010年には移動体通信事業の免許の交付を北朝鮮政府に求めたこともある。
なお、北朝鮮の移動体通信市場にはエジプトのOrascom Investment Holding S.A.E. (以下、OIH)が参入しており、OIHと北朝鮮で電気通信分野の規制を司る逓信省(Ministry of Posts and Telecommunications)直属の国営企業であるKorea Posts and Telecommunications Corporation (朝鮮逓信会社:以下、KPTC)が共同出資するCHEO Technology JV Company (逓オ技術合作会社:koryolink)を通じて移動体通信事業を手掛ける。
OIHの参入に際して逓信省とOIHは2012年12月までの独占権を付与し、さらに2015年12月までは移動体通信分野で外資の参入を認めないと約束したため、2010年時点では逓信省とOIHの合意に基づきViettel Groupは参入できない状況であった。
すでにOIHのいかなる独占権も終了しており、Viettel Groupとしては北朝鮮に対する関心も再燃しているはずだ。
北朝鮮政府が経済重視で科学技術振興の方針を打ち出す中で、逓信省が外資企業の投資誘致や競争促進のためにOIH以外の外資企業にも門戸を開くことを期待しているだろう。
このように長らくViettel Groupが注視する北朝鮮の移動体通信市場であるが、そこには魅力がある。
北朝鮮は移動体通信役務の人口普及率が低いが、逆に言えば伸び代が大きい。
また、北朝鮮ではスマートフォンの利用者も増加しており、北朝鮮の移動体通信市場は成長の可能性を秘めた市場と言える。
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逓信省が管理する国際通信局と北朝鮮国旗 (北朝鮮・平壌直轄市)
■懐疑的な意見も
Viettel Groupの対朝投資には懐疑的な意見も多い。
実際にOIHは国際的な制裁措置の影響で国外送金や資材の搬入が困難で、また二重レートの問題が存在すると明かした。
ほかに国際連合安全保障理事会(United Nations Security Council)の制裁措置も順守する必要がある。
北朝鮮の移動体通信市場に参入する場合は基本的に北朝鮮側の個人や事業体との協力が必要となるが、国際連合安全保障理事会が2017年8月5日に全会一致で採択した決議第2371号(2017)に基づき、事前に個別の承認を受けた場合を除き、北朝鮮の個人や事業体との合弁事業または共同事業体の新規開設および追加投資が禁じられた。
当然、Viettel Groupも制裁措置は把握しており、まずは制裁措置の解除や市場開放を待つという。
Viettel Groupとしては事業の経営権を握らずに投資してリスクを抑える選択肢も検討していると推測する。
ラオスのStar Telecom Co. Ltd (以下、Unitel)およびミャンマーのTelecom International Myanmar Company Limited (以下、Mytel)に対するVTGの出資比率は49%で、Viettel Groupは経営権を握っていない。
そのため、Viettel Groupは必ずしも経営権を掌握しなければならないという戦略ではない。
北朝鮮の憲法や法律を参照すると、外国人は移動体通信分野を含む逓信分野に投資できるが、逓信分野の機関や企業所は国家が所有すると規定しているため、経営権を握らずに投資もしくは合作会社を通じた投資ならば北朝鮮の制度と整合性も取れると解釈できる。
なお、北朝鮮の外国人投資法では外国投資企業には合作企業、合営企業、外国人企業が規定されており、合作企業は朝外共同投資で北朝鮮側が運営、合営企業は朝外共同で投資および運営、外国人企業は外国側単独で投資および運営する企業を指す。
これまでに北朝鮮で登記された外国投資企業である移動体通信事業者はすべて合作企業かつ北朝鮮側の出資者はKPTCで、出資比率は外国側が過半でも法的にはKPTCが運営を担う。
■背後にベトナム政府の存在
仮にViettel Groupが北朝鮮に参入することになれば、表向きには成長の可能性を秘めた北朝鮮の移動体通信市場は魅力的と説明するだろう。
Viettel Groupが参入の条件とした制裁措置の解除と市場開放が実現すれば、移動体通信市場に限らずアジア最後のフロンティアとして北朝鮮は魅力的な市場となるはずだ。
ただ、Viettel Groupにはほかに真の狙いがある。
業績不振のアフリカ諸国では投資を拡大しない方針を示しており、決して商業的利益を無視しているわけではないが、国益確保が最優先ということを忘れてはならない。
Viettel Groupはベトナム人民軍を統括する国防省(Ministry of National Defence)が完全所有し、ベトナム共産党中央軍事委員会(Central Military Commission of the Communist Party of Vietnam)の指導に基づき運営される国営企業で、要職には軍人が就いている。
しばしば日本語では軍隊工業通信グループと表記されるが、越文商号であるTập đoàn Công nghiệp – Viễn thông Quân độiの直訳が軍隊工業通信グループとなる。
なお、英文商号に変更はないが、越文商号は2018年1月にベトナム政府の政令に基づいてTập đoàn Viễn thông Quân độiからTập đoàn Công nghiệp – Viễn thông Quân độiに変更し、直訳では軍隊通信グループから軍隊工業通信グループとなった。
政令ではViettel Groupは子会社や関連会社と協力して法制度を順守のうえ各種事業を営み、国防省が命じた政治的、軍事的、その他の特別な業務を遂行する義務があると規定されており、Viettel Groupの意思決定の背後にはベトナム政府の指示が存在する。
要するにViettel Groupはベトナム政府を代弁する特殊な存在の国営企業と言える。
ベトナム政府はViettel Groupが北朝鮮で事業経験を発揮すれば国益に資すると期待しており、これが真の狙いだ。
他国の事例を参照すると、Viettel Groupが事業会社の経営権を掌握していないラオスとミャンマーでは、ラオスは経済や移動体通信市場の規模が小さく、またミャンマーは市場開放からしばらく経過して成長率が鈍化後の参入となり、営利最優先ならばいずれも魅力度は決して高くない。
しかし、ラオスのUnitelとミャンマーのMytelは合弁相手に現地国防当局傘下の企業が含まれ、事実上の政府間協力となっている。
移動体通信事業はインフラストラクチャを構築する国家的に重要な事業で、UnitelやMytelは政府間協力を象徴する存在となり、ベトナム政府はViettel Groupを通じて老緬でベトナムのプレゼンスを確立した成功体験がある。
北朝鮮と伝統的友好国という立場を生かし、ベトナム政府はViettel Groupを通じて北朝鮮でプレゼンスを高め、またベトナムのドイモイ政策を手本として改革開放を促して影響力を強める政治的思惑があると考えられる。
余談ではあるが、第2次 朝米首脳会談の開催地の発表に先立ち、警備などで多額の負担が必要にもかかわらず、ベトナム政府は受け入れに積極的な姿勢を示していた。
その背景としては、当然ながら世界から注目を浴びる第2次 朝米首脳会談を成功させて、世界にベトナムを宣伝する効果を期待していると思われるが、朝米双方との関係を強化する狙いもあるはずだ。
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越老の国防当局が出資するUnitelの本社 (ラオス・ビエンチャン都)
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Mytelに出資する緬国防当局傘下企業の本社 (ミャンマー・ヤンゴン市)
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